お面の着用につき、肖像権侵害を肯定した裁判例
- とげぬき法律事務所
- 2023年7月5日
- 読了時間: 6分
皆さん、こんにちは。
とげぬき法律事務所弁護士の寺岡です。
本記事では、近時の名誉毀損に関連した裁判例(令和5年1月26日(事件番号:令和3年(ワ)大11118号事件))を1つ紹介します。
一言でまとめると
「同人誌とはいえ限度を超えたら名誉毀損になっちゃうよ」
という当たり前の話ですが、法律家からすると、特に肖像権侵害の部分について、そして、損害額の認定については興味深い点もあるので、以下、考察していきます。
1 事案の概要
皆さんは、通称「艦これ」というゲームをご存知でしょうか。
私もプレイしたことはなく、せいぜいその名称を聞いたことがある程度です。
原告は、「艦これ」の開発・運営会社及びその代表者です。
さて、被告は何をしたのかというと、大きく分けると2つがあります。
1つは、被告は、いわゆる「同人誌」を販売しました。そして、その内容というのがなかなか…。
被告が・・・原告Aの顔貌を元に作成したお面(以下「本件マスク」という。)を着用し、本件ゲーム内のキャラクター(以下、個別のキャラクターの如何を問わず「本件キャラクター」と総称する。)を性玩具に見立てた内容等の記載された同人誌(以下「本件同人誌」という。)を頒布したことなど・・・
と判決文に記載されているように、原告からして看過できないと思われる内容の行動・同人誌であったようです。
2つ目は、被告が「艦これ」に関して行ったツイートが違法であるという主張です。が、今回は、この点は割愛し、1つ目の点のみ書いていくこととします。
2 原告の採った法的構成
さて、原告が主張したのは、
1 名誉権侵害
2 パブリシティ権
3 肖像権
4 名誉感情
の4つ。代表者についての請求額は660万円となっています(会社については440万円を請求)。なお、この60万円は弁護士費用であり、通常こうした不法行為のケースでは請求額の1割分を弁護士費用として請求する慣習のようなものがあるので、実質的な請求は600万円ということになります。
⑴ 名誉権侵害
名誉毀損という言葉は今でこそ広く使われていますが、厳密に言えば、名誉毀損というときの名誉とは、この「名誉権」のことを示しており、主張される典型例です。名誉権の細かい説明は、検索すれば山ほど出てきますし、今回はそちらに譲ることとしましょう。
結論として、裁判所は、下記のように名誉権侵害を認めています。
一般的な読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、本件キャラクターに対する卑猥な描写をその内容とすると共に、クレジット表記に「SPECIAL THANKS」と付して原告らの名称等を記載した本件同人誌を頒布する行為及び本件店舗描写は、原告らそれぞれの名誉を毀損するものといえる。
なお、被告の主張を見ると、「本件クレジット表記はユーモア」という反論がありますが、裁判所は、本件同人誌は、本件クレジット表記に表記された者を揶揄する趣旨を強く含むものであることがうかがわれる。と述べており、「ユーモア」という言い分は通りづらいように思います。
⑵ パブリシティ権
聞き慣れない言葉かもしれません。これは、肖像等を無断で使用する行為があった場合、
①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し,
②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し,
③肖像等を商品等の広告として使用するなど,専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に,
パブリシティ権を侵害するものとして,不法行為法上違法となる(最高裁判所平成24年2月2日第一小法廷判決・民集66巻2号89頁参照)
という判例の考え方からとってきたものです。
原告は、パブリシティ権の主張こそしましたが、裁判所は、原告が特に③について具体的な主張立証をしていなかったこと等を踏まえ、結論としてパブリシティ権の侵害は否定しています。
⑶ 肖像権侵害
パブリシティ権と異なり、こちらは耳なじみもあるのではと思います。肖像権侵害に当たるかどうかは、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えるものといえるかどうかにより判断されます。
裁判所は、
本件マスクは…原告…の写真とは相応に異なる印象を与えるものではある。
としながらも、
しかし、本件同人誌では本件マスクが原告Aの「リアルマスク」と紹介されていること、原告Aが本件ゲームの愛好者等の間で著名であること等の事情に照らすと、被告が本件マスクの写真が掲載された本件同人誌を本件マスクを着用しながら頒布した行為は、原告Aの写真を無断で公開した場合と同様に理解することができる。
また、本件同人誌の内容、とりわけ本件マスクの紹介の仕方等に照らすと、被告は、専ら原告Aを揶揄する目的で本件マスクを作成し、これを着用の上、その写真を掲載した本件同人誌を頒布したといえる。
以上のような写真の使用目的及び使用態様等に照らすと、本件マスクに係る被告の各行為は、自己の容貌等の写真をみだりに公開されないことについての原告Aの人格的利益を侵害し、その侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えるものというべきであり、不法行為法上違法と認めるのが相当である
とし、結論として肖像権侵害を認めています。
なお、肖像権侵害につき、被告は、あまり具体的な反論をしていません。
肖像権侵害の典型例は、勝手に人の写真や動画を使うパターンですが、本件のように原告Aの顔貌を元に作成したお面(以下「本件マスク」という。)を着用するという態様でも、肖像権侵害が成立する可能性を見出した点を考えると、大きな意義のある裁判例と言えるでしょう。
⑷ 名誉感情
いわゆる侮辱的な内容の場合には、名誉権ではなく名誉感情侵害を主張することがあります。
判決文を見ると、さらっと名誉感情侵害を認めており、被告も実質的な反論をしていません。ですが、原告の主張を見る限りは、たしかに名誉感情侵害は通るだろうという内容が含まれていますから、結語として妥当でしょう。
⑸ 小括
以上のとおり、パブリシティ権こそ認められなかったものの、名誉権、肖像権、名誉感情の3つについて裁判所は、権利侵害を肯定しています。
3 損害額その他の論点
⑴ 裁判所は、
・代表者に対する損害 250万円
・会社に対する損害 150万円
・弁護士費用 40万円(それぞれの1割分)
としています。
代表者については、本稿で取り上げたものの総額を150万円、ツイート部分を100万円と認定しており、名誉毀損に関する裁判例の中では、高額の部類に入るものと思われます。
ただし、同人誌の販売数が不明なこと、本件マスクの着用は1日であることも踏まえていますから、販売数が多かったり、マスクの着用頻度が多ければ、より高額の慰謝料が認められた可能性もあります。
⑵ 原告は、慰謝料請求のみならず、謝罪広告も求めていましたが、裁判所は、金銭賠償で名誉の回復は計られるとし、謝罪広告は認めていません。このように、謝罪広告については、裁判所もなかなか認めてくれないのが実情です。
4 まとめ
今回の裁判例を読んで感じたことはいろいろありますが、特に被告側においては、もっと反論すべき点はあったように感じています。反論のほとんどは「否認ないし争う」というのみであって、法律論、事実論いずれについても詳細な反論が見受けられませんでした。代理人が就いていたらもっと踏み込んで反論したと思われますし、本人が対応したのかもしれません(そもそも頼もうとしたのかどうかもわかりませんが)。
訴訟は本人でもできるのはそのとおりですが、私としては、適切な攻撃防御を尽くすためには、やはり原告・被告にかかわらず、弁護士への依頼を進めています。
以上です。参考になれば幸いです。
Comments